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東京高等裁判所 昭和28年(う)2773号 判決

控訴人 浦和地方検察庁検事 服部卓

被告人 三浦正也

被告人 小林誠吾 三浦正也

弁護人 為成養之助 佐藤義彌

検察官 横川陽五郎 入戸野行雄

主文

本件各控訴を棄却する。

当審に於ける訴訟費用は全部被告人三浦の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添付の検察官大久保重太郎名義、被告三浦の弁護人為成養之助同佐藤義彌名義及び被告人三浦正也名義の各控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

一、検察官の論旨第一点について。

被告人小林誠吾に対する昭和二十七年十月二日附起訴状及び被告人三浦正也に対する昭和二十八年一月三十一日附起訴状には所論指摘のとおり、強盗未遂の訴因を記載してある。ところが原判決はこの強盗未遂の訴因に対し、「被告人小林、同三浦は西部独立遊撃隊の隊長田中昭三、政治委員石田道男と共謀の上右遊撃隊の将来の行動に資するため、米国駐留軍軍人の乗車している進行中の自動車に投石してこれを停車せしめ得るや否やを試さんとし、七月三十日午後八時三十分頃所沢市大字北野地内豊岡街道において各自手拳大の石塊を携え、その通行を待機していた折柄同所を通りかかつた米国駐留軍軍人エイ、エフ、ビシンスキー及び同人の知人高木進(満四十一年)の乗車する自動車めがけてそれぞれ所携の石塊を投げつけ、以て同人等に対し数人共同して暴行をなした」との事実を認定し、暴力行為等処罰に関する法律違反第一条第一項を以て処断したのである。所論は右判示事実が被告人等に金品強取の意図の存することを認定しなかつたのは事実の誤認であり、右所為は強盗未遂罪で処断すべきものと主張する。しかし夜間高速度で進行中の自動車に手拳大の石を投げつけたどて、反抗を抑圧する程度の暴行とは認め得ないところであり、この暴行だけで直ちに強盗罪の実行の着手があつたものとは認められないから、強盗未遂を主張する論旨は既にこの点において失当であるのみならず、原判決がその引用する証拠の示すところによつて、原判示のとおりの事実を認定したのも理由のないわけではない。というのも西部独立遊撃隊が既に結成され、被告人小林、三浦がメンバーであつた事実から、同被告人等に権力者に対する反抗の意思を認定するのはともかく、それだけの事実で直ちに強盗の意図があつたとは認められないからである。而して同被告人等が右犯行前火焔瓶を製作し、その実験をしたことや、前記自動車に対する投石の翌日強盗の目的で火焔瓶を進行中の自動車に投げつけ、運転者青木忠を負傷させたことも認め得ないわけではないが、他方本件投石の前日被告人三浦は山畑繁雄等と共に福原村助役関口道之助方住宅に火焔瓶を投げこんだ放火未遂事件(原判決第一の事実)があり、これに引続く本件に於ても、その現場たる豊岡街道に行くまでは、被告人両名も、田中昭三、石田道男にしても、ただ地理地形の調査をするに出かけてきたもので遊撃隊の資金獲得のため自動車投石を考えていなかつたところ、右現場で突然田中昭三の提案による投石行為を敢行することとなつたことはすべての証拠の一致するところである。してみれば本件投石行為は単に権力者に対する反抗的意図の表現である点で前記福原村助役方の放火未遂事件と類似し、未だ強盗の意図まではなかつたが、右投石行為により石を投げただけでは進行中の自動車を止め得ないことが判つて次回から石に代えて火焔瓶を投げつけ、財物を強取せんとする意図にまで発展して行く一の動機となつていることが窺われるのである。それ故本件投石行為後行われている火焔瓶投擲事件等が、いずれも強盗の目的であつたことから遡つて右の投石行為も亦強盗の犯意にでたものとすることは失当である。もつとも被告人両名とも原審公判廷で本件投石行為が強盗の犯意で為されたことを認めていた(但し被告人三浦はその後右陳述を訂正し単に自動車を停車させ得るかどうかを試すためのものとしている)外記録に徴すれば、所論の指摘する如き供述が存する各資料が提出されているのであるが、それらはいずれも原審が採用しなかつたものと認められるしこれを採用しなかつた原判決の前記認定は経験則に反するものではなく、記録を精査してもそれが誤認であるとはいえないから、論旨は理由がない。

二、弁護人の論旨第一点について。

原判決第二事実は先に引用したとおり、被告人三浦が外三名と共に駐留軍軍人の乗車している進行中の自動車に石塊を投げつけ、これを停車せしめ得るや否やを試してみようとした旨判示しているのであり進行中の自動車中の人も当然投石の対象となるもので単に右自動車のみを対象とし、これに投石する意図にでた事実を判示しているわけではない。而して現に駐留軍軍人ビシンスキー及び高木進両名が乗車している進行中の自動車めがけて手拳大の石塊を投げつけ命中させた(その結果右自動車に命中しその右前方運転手席近くの窓ガラスが二ケ所も破壞されていること記録第四四丁の写真及び被告人田中昭三等に対する強盗殺人未遂被告事件の第二十七回公判調書中証人高木進の証言記載部分により明白である。)という所為が乗車中の右両名の身体に対する有形力の行使であり刑法第二百八条の暴行に該当することもちろんである。論旨は理由がない。

三、同第三点について。

原判決は強盗未遂の訴因につき、訴因罰条の変更を命ずることなしに原判示第二の暴力行為等処罰に関する法律違反の事実を認定している。しかし強盗未遂の訴因たる被告人三浦に対する昭和二十八年一月三十一日附起訴状には被告人三浦は「田中昭三、小林誠吾、石田道男と共謀の上、西部独立遊撃隊の行動の一環として遊撃隊の資金獲得等のため米国駐留軍の乗つている自動車を要撃し、暴行又は脅迫を以て金員を強取せんことを企て、昭和二十七年七月三十日午後八時三十分頃所沢市大字北野地区豊岡街道に於て短刀一振及び各自手拳の二倍大の石塊を携えてその機会を窺つていた折柄、同所を通りかかつた米国駐留軍少尉E・F・ビシンスキー及び同人の知人高木進の乗つていた自動車に対し、それぞれ所携の石塊を投げつけたが、同人等にそのまま逃走せられたため所期の目的を遂げず」というのであり、原判決認定の暴力行為等処罰に関する法律違反事実は冒頭検察官の論旨第一点の説明に引用したとおりで、この両者を比較するに、後者の事実(原判示第二事実)はすべて強盗未遂の訴因中に包含せられ、ただ財物強取の犯意が無かつたのみで、いわば強盗未遂の訴因を縮少された態様、限度において認定したに過ぎないというべく、しかもこのように縮少された態様、限度に於て事実を認定しても被告人三浦の防禦権の行使に実質的不利益を蒙らしめるものでないこと明らかである。

このような場合、強盗未遂の訴因に対し、訴因罰条の変更手続を経ずして訴因の縮少された態様たる暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項の事実を認定しても違反と解すべきではない。(最高裁判所昭和二六年(あ)第七八号事件判決参照)なるほど強盗未遂罪は財産に関する犯罪であり、暴力行為等処罰に関する法律違反(刑法第二百八条)は人の身体に対する犯罪であり、その罪質が異ることは所論のとおりであるが、それ故に訴因の変更手続を要するものとは解し得られない。

論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人為成養之助、同佐藤義彌の控訴趣意

第一点原判決は理由のそごがあつて破棄を免れない。

即ち原判決を見るに、第二に於て「進行中の自動車に石塊を投げつけてこれを停止せしめうるや否やを試さんとし………自動車目がけてそれぞれ所携の石塊を投げつけ、以て同人等に対し数人共同して暴行をなし」と判示している。刑法二〇八条の暴行に付ては往時より判例として人の身体に対する有形力の行使なりとせられ、「暴行トハ正当ノ理由ナクシテ他人ノ意思ニ反シテ其ノ身体髪膚ニ力ヲ加フルノ謂ニシテ固ヨリ其ノ力ノ大小強弱ヲ問フコトヲ要スルモノニ非ズ」(大正十三年(れ)第一五八六号、同年十月二十二日第三刑事部判決、判例集三巻一一号七四九頁)と判示せられ、学説としても、「人の身体に対する………有形力の行使」(木村亀二、新法学全集、刑法各論二一頁)なりとしている。判示事実によれば「進行中の自動車に石塊を投げつけてこれを停止せしめられるや否やを試さんと」したもので、実行行為もその範囲を出でず、人に対する有形力の行使の意思もなく、又人に対して有形力を行使した事実も又判示されていない。従つて之を以て「暴行をなし」と判示しているのは明らかに論旨に喰い違いがあるもので、原判決は此の点に於て破毀を免れない。

第三点原判決は訴訟手続に法令違背ありて、破棄を免れない。

起訴状を見るに、判示第二の事実に照応する部分は、強盗未遂を以て起訴せられて居るのである。而して記録を精査しても、訴因の変更せられた形跡はない。所が判決に於て突如として暴力行為等処罰に関する法律違反の事実を認定し、之により擬律している。之は明らかに刑事訴訟法第二五六条、同第三一二条に違反し、被告人の防禦を違法に困難ならしめたものである。そもそも強盗罪は財産に対する罪として観念すべく、暴行罪等は生命、身体に対する罪であつて、保護法益が違い、罪質が違うものと解すべきである。

従つて強盗を以て起訴せられた者は、財産罪たる所に重点を置いて防禦するのは当然であるのに突如として之を暴力行為を以て論ずる事は、明かに刑事訴訟法の前記法条を無視したもので、之をして可なりとせば刑事訴訟法に所謂訴因なる制度は有名無実となるであろう。原判決は此の点に於ても破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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